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秋田地方裁判所 昭和30年(行)13号 判決

原告 株式会社 帝国興信所

被告 秋田県地方労働委員会

補助参加人 鎌田秀隆 他二名

主文

原告及び原告会社秋田支所と訴外帝国興信所秋田支所従業員組合間の被告委員会昭和三十年(不)第七号不当労働行為救済命令申立事件につき昭和三十年十一月一日付でした命令はこれを取消す。

訴訟費用中原告と被告委員会との間に生じた分は被告委員会の負担とし、原告と補助参加人等との間に生じた分は補助参加人等の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は請求の趣旨、原因並びに被告の主張に対する答弁として次のとおり述べた。

請求の趣旨

主文第一項同旨及び訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求める。

請求の原因

第一、原告会社は昭和三十年九月十六日原告会社秋田支所の従業員である補助参加人鎌田秀隆、同関谷正蔵をそれぞれ懲戒により解雇し、補助参加人佐藤孝子及び訴外榎静子、同村野京子をそれぞれ懲戒により月額賃金の十分の一を減給する処分(以下右懲戒処分を本件懲戒処分と、又右被懲戒者を被懲戒者何某と称する。)に付したところ、訴外帝国興信所秋田支所従業員組合(同組合は昭和二十九年十月二十四日原告会社秋田支所に勤務する右被懲戒者及び訴外山口孝三の六名によつて結成され、昭和三十年八月三十日右山口が退職して組合員の資格を喪失した後は右被懲戒者等五名を組合員としてきたもので参加人鎌田を組合長同関谷を副組合長とする所謂法内組合である。以下これを単に組合と略称する。)は昭和三十年九月十九日被告委員会に対し、原告及び原告会社秋田支所の両者を被申立人として、本件懲戒処分が不当労働行為であるとして救済命令の申立をし、被告委員会は同委員会昭和三十年(不)第七号事件としてこれを受理し審査を経たうえ、同年十一月一日附をもつて別紙命令書写のように、本件懲戒処分は労働組合法第七条第一号に当る不当労働行為であるとして、原告会社及び原告会社秋田支所をいずれも使用者であるとして「使用者は鎌田秀隆及び関谷正蔵を原職に復帰せしめ解雇の日から原職復帰の日までの間同人等の受くべかりし賃銀相当額を支給すること、使用者は佐藤孝子、榎静子及び村野京子に対する減俸処分を取消した上処分の日以後該処分がなければ同人等が受くべかりし賃銀相当額を支給すること。」との救済命令を発し、同命令書の写は同月五日原告会社及び原告会社秋田支所に交付された。

第二、しかしながら本件命令には以下に述べるような違法の点があり取消さるべきものである。

一、当事者適格を誤つた違法 本件命令は原告会社のほか原告会社秋田支所に対しても発せられたものである。このことは別紙命令書写に当事者として「被申立人(使用者)株式会社帝国興信所右代表者後藤勇夫、被申立人(使用者)株式会社帝国興信所秋田支所右代表者支所長豊田好松」と表示しあることから見て明かである。ところが原告会社秋田支所は原告会社の一営業所に過ぎず、独立した法人格の主体でない。のみならず原告会社秋田支所の従業員の任免懲戒等のいわゆる人事権は原告会社本店自体に専属し秋田支所にはないのであるから、労働組合法第七条第二十七条にいわゆる「使用者」に該当するのは原告会社のみであつて、秋田支所はこれに該当しないのである。従つて原告会社秋田支所は本件不当労働行為救済申立の相手方となり得ないのであるから、被告委員会は組合の秋田支所に対する申立については中央労働委員会規則第三十四条により却下すべきであるのに、これを看過し、秋田支所をも相手方として発した本件命令は違法である。

二、不当労働行為意思を認定した違法 原告会社が本件懲戒処分をしたのは被懲戒者に次に述べるような非行があつたから、就業規則に照し処分したのである。

(一)  非行事実

(A) 被懲戒者全員に共通する非行 既調横流しの事実

被懲戒者等は、元原告会社秋田支所の従業員で昭和二十九年八月末原告会社から解雇された訴外田淵正二(原告会社に入社前は帝国石油労働組合秋田地方執行委員長の職にあつた者)を労働運動の先輩と仰ぎ指導を受けて親交を結んでいたところ、右訴外田淵が昭和二十九年十月下旬原告会社と競業関係にある株式会社東京商業興信所(以下東商興と略称する。)に入社し同社秋田支所を開設してその初代所長に就任したため、本件被懲戒者等は右田淵を援けてその業績を挙げさせ、もつて右東商興に重きをなさしめようと企て共謀のうえ、昭和二十九年十二月頃から昭和三十年六月頃までの間、原告会社秋田支所に保管してあつた秋田県内の主たる実業家の信用調査書(以下これを既調という)約百部を各自それぞれ秘かに持ち出し、これを右訴外田淵の許へ届け右東商興の調査資料として供給し、もつて原告会社従業員の厳守すべき機密保持の責務に違反した。

(B) 被懲戒者鎌田同関谷に共通する非行 内職の事実

被懲戒者鎌田同関谷は原告会社の命により旅費の支給を受けて信用調査に赴いた際、内職として前記田淵の依頼を受け東商興のためにも調査の仕事をする等原告会社に損害を与えて顧みない背信の行為を重ねた。

(C) 個別的非行

(1) 被懲戒者鎌田秀隆に関するもの

(イ) 経歴詐称の事実 右被懲戒者は昭和二十六年十一月十五日原告会社秋田支所勤務調査員として原告会社に入社したものであるが、右入社に当り同人が提出した履歴書には「昭和二十五年一月日本木材株式会社及び株式会社アメリカヤの両会社解散によつて職を失い爾後就職したことがない」旨の記載となつている。しかしながら同人は右失職後間もなく秋田市土崎港所在丸辰物産商事に就職して昭和二十六年二月頃同所を離れ、同年四月一日秋田市西土手町所在東光商事秋田支店に就職して同年十二月まで勤務し、その間の十一月に原告会社に入社したものであるから、これらの事実を前示履歴書に記載しなかつたのは同参加人が入社に際し経歴を詐称したこと明かである。

(ロ) 失業保険金詐取の事実 右被懲戒者は先に離職した前示丸辰物産商事と結託し、秋田市職業安定所に対し昭和二十六年六月三十日右丸辰物産商事から解雇され爾来失業している旨虚偽の事実を申し立て、その旨右職業安定所を誤信させて昭和二十六年七月七日以降原告会社に入社後の昭和二十七年一月二日まで失業を装い右職業安定所より失業保険金を詐取した。

(ハ) 取込詐欺の事実 右被懲戒者は原告会社入社後の昭和二十八年秋頃秋田市土崎港中央通り所在本望商店を訪れ本望建一に対し代金は同年十一月末日までに間違いなく支払う旨を申し入れ、代金四千百六十円相当の衣料品の引渡を受けながら一ケ年を経るも右代金を支払わなかつたため昭和三十年二月右本望建一から原告会社秋田支所長に対し厳重な抗議がある等原告会社の体面を汚す所為をしていた。

(2) 被懲戒者関谷正蔵に関するもの

(イ) 会員勧誘歩合金詐取の事実 右被懲戒者は昭和二十九年四月二十三日原告会社秋田支所勤務調査員として採用されたものであるが、同人は同年十月、平鹿郡十文字町所在近徳商店を原告会社の会員とするべく勧誘し、未だ右近徳商店の明示の承認なく従つて加盟料の支払もなかつたのに拘らず、原告会社秋田支所の事務員被懲戒者佐藤孝子と通謀し近徳商店が原告会社会員に加盟し加盟料の支払あつた如く虚偽の事実を報告し、佐藤孝子として秋田支所の会計簿に「昭和二十九年十月三十日近徳商店から加盟金として金五千円の入金があつた」旨虚偽の記載をさせたうえ、該帳簿を支所長豊田に示して誤信させその頃同支所長から勧誘歩合金名下に金千円を詐取した。

(ロ) 原告会社の会員である株式会社〈メ〉鎌田に対し不良取引先を紹介した不信行為 右被懲戒者は昭和二十九年十月頃前記近徳商店の信用調査をなし、原告会社に「要警戒」の報告をしているのに拘らず、右近徳商店の請託を入れて原告会社の会員である秋田市所在株式会社〈メ〉鎌田を訪れ、同社代表社員鎌田貞政に対し、原告会社調査員の肩書付名刺を示し、「近徳商店の信用は十分である上、自分の友人でもあつて間違いのない人間だから取引せられたい」旨虚偽の事実を告げて右鎌田を誤信させ、同会社をして近徳商店に対する初取引として代金約三万円相当の清凉飲料水類を送付させたが、右近徳商店は現在に至るも右代金の支払をしないばかりか、最近破産閉店の状態となつて右会社に損害を蒙らせ、よつて右鎌田から原告会社に対し参加人関谷を解雇するよう厳重な抗議を受けている程原告会社の信用を毀損した。

(3) 被懲戒者佐藤孝子に関するもの 右被懲戒者は前記(C)(2)(イ)の如く関谷と通じ同人の会員勧誘歩合金詐取を幇助した。

以上の非行事実の中(A)は原告会社就業規則第六十五条第十号の「許可なしに会社の物品を持ち出した者」、同条十一号の「業務上の秘密を洩した者」に、(B)は同条第十二号の「業務を利用して内職した者」に、爾余の(C)の各事実はいずれも同条第十五号の「その他不正不義の行為をして従業員としての体面を汚した者」に該当するので、(鎌田秀隆の(C)の(1)の(イ)経歴詐称は同条第三号の「履歴を詐つた者」に照すは苛酷と考え同号を適用しないで)懲戒処分することにしたのであるが、本件懲戒処分に当つては、その主たる事由を(A)(B)の非行の点におき、(C)の各非行の点は本件処分の一資料としたに過ぎない。

(二)  懲戒処分までの経緯 しかして本件懲戒を決定するに至るまでの経緯は次のとおりである。すなわち原告会社秋田支所長豊田好松は昭和三十年七月頃前記(A)、(B)の非行事実を耳にしたので、同年八月三十日組合に対して団体交渉を申し入れ同交渉において組合員の右非行事実の有無を質したところ、当時同支所の従業員であり、組合員であつた訴外山口孝三は右(A)の非行事実を認め、その非を謝して自発的に退職を申し出た。しかしその他の組合員である被懲戒者五名は互に顏を見合せて黙否するのみであつたため、交渉を打切り、爾来探査の結果右(A)(B)の非行の確証を握るに至つた。

そこで同支所長は同年九月初旬原告会社本店に対し証拠を添えて右非行に対する懲戒の禀議を申請してきた。当時原告会社は後に述べるように、過去二回の組合申立による不当労働行為事件においては、右秋田支所長の要求を抑圧し、組合擁護の措置で処理したものの、その後の審査の結果は悉く同支所長の禀申が真実で前示(C)の各非行も判明していた際であつたので、原告会社は証拠により検討したところ、右(A)(B)の非行が真実と認められたので、(C)の非行をも参酌して、右支所長の申請を妥当と認め、前示就業規則により(A)(B)の非行につき本件懲戒処分を決し同月十一日同支所長に対し、本件懲戒処分を言渡すべき旨及び右に当つては十分注意を払うよう回訓した。右支所長は右禀議に基いて、同月十四日から組合と交渉し、同月十六日本件懲戒の意思表示をしたものであつて被懲戒者等が組合員であること、又は組合活動を行つたこと等とはごう末も関係がなく、従つて原告会社に不当労働行為意思もないのであるから、本件命令は違法である。

三、被告委員会の主張に対する答弁

(一)  当事者の点 仮りに被告委員会主張のように本件命令の相手方が原告会社及び原告会社秋田支所長である訴外豊田好松であるとしても、同支所の従業員に対する任免、懲戒等のいわゆる人事権は原告会社本店に専属していること前示(第二の一)のとおりであつて、右豊田支所長には右のような人事権はなく、本件懲戒処分も原告会社本店がしたのであるから同人は本件救済命令の当事者となる資格はなく、従つて同人に対する本件命令が違法である点においてかわりはない。のみならず、被告委員会は右のように当事者適格を誤り、被告委員会の審査の際、右豊田好松を本人として取扱つた結果、本件命令のような誤つた命令をしたものである。

(二)  事前協議の点 豊田好松は、右に述べたように、右支所従業員に対する人事権がないのであり、又同人に特別授権をしたこともないのであるから、同人が組合に対し昭和三十年三月七日した「従業員に対する解雇、懲戒の場合は事前に組合と協議する」旨の誓約は同支所長個人と組合との個人的約束であつて、右は原告会社自身に対しては何等効力がないものである。(このような場合に右誓約が原告会社自身に対し効力を有しないことは被告委員会も争わないところである。)しかして、右誓約は組合員の一部に対する懲戒の場合に関するものであつて、本件懲戒のように組合員全員に対する懲戒の場合は適用がないものというべきである。なんとなれば、このような場合には被懲戒者を、その協議に参加させても誠意ある協議は期待できないし、且つ被懲戒者を、その処分の協議票決に参加させる例はあり得ないというべきところ、本件懲戒は右のように組合員全員を被懲戒者とするものであるから、結局協議すべき組合がないことに帰するからである。仮りに適用ありとしても、右誓約の趣旨は「発令前一応組合に諮る」或は「付議する」という程度で足りるものと解すべく、右豊田支所長もこの趣旨で発令前組合と団体交渉をし、三日も費したのであつて、むしろ約旨に過ぎた団体交渉をしたのであるから、誠意ある協議をしないとの被告委員会の主張は当らない。

なお、被告委員会審査の際、右「誓約」の効力問題について、原告会社が特に発言しなかつたのは、これを本件懲戒の場合にも適用あることを肯認した趣旨でなく、右は法律問題であるから、被告委員会において職権で判断すべきものと解したためである。

(三)  原告会社が被告委員会審査の際、前示第二の二の(一)の(C)の非行事実を主張しなかつたことは認める。けれども、本件訴訟においては、すべての抗告訴訟におけると同様、判決時迄に存するすべての事実を主張し得るものである。

(四)  過去二回に亘り申立てられた不当労働行為救済申立事件について、

被告委員会は、組合の申立てた過去二回の不当労働行為救済事件で問題となつた解雇理由たる事実の有無は知らないが右のような申立をされたことの前歴は、本件懲戒処分が不当労働行為であることの一資料となる旨主張するけれども、このような主張は恰も前科二犯の経歴を持つ被告人に対しては右前科の事実を以て有罪とすることができるというに等しく暴論というべきである。

しかも、過去二回の不当労働行為救済申立事件というのは次に述べるように、実質は不当労働行為ではないのである。すなわち

(1) 第一回の不当労働行為救済申立事件というのは、原告会社秋田支所長豊田好松が、組合の結成された直後、平素業績の挙らない訴外山口孝三及び上司の命令指示に従わない被懲戒者佐藤孝子に対し「辞めたらどうか」「組合を作つたつて人間が格別良くなる訳でない」等の発言をしたため組合から右豊田の発言を不当労働行為であるとして救済命令の申立をした事件であつて、これについては原告会社も驚き、同支所長をたしなめて右発言を取消させたうえ、同支所長をして「将来かかる不当労働行為に類した一切の言動をしない」旨組合に誓約させて和解させ右申立の取下を得たのである。しかしながら訴外山口孝三及び参加人佐藤孝子が懲戒に値する人物であつたことは間もなく判明したところであつて、秋田支所長豊田が右両名に対し、「組合を作つたつて人間が格別良くなる訳でない」等とやゆしたことは失言であるが、本質的には事実であつて上司のけい眼であつた。すなわち、被懲戒者佐藤孝子は、組合が被告委員会に対して右救済命令の申立をした日の翌日である昭和二十九年十月三十日には参加人関谷正蔵の会員勧誘歩合金詐取を幇助する非行(前記二の(一)の(C)の(3))を敢えてしたものであり、又訴外山口孝三は本件懲戒の理由となつた既調横流しの事実を自白し、自ら退職するの止むなきに至つた愚直の者であつて、当時既に解雇すべきものであり、従つて秋田支所長豊田の前記言動は必ずしも不当労働行為ではなかつたものと言うべきである。

(2) 第二回の不当労働行為救済命令申立事件というのは、原告会社秋田支所長豊田好松が被懲戒者鎌田の前示経歴詐称及取込詐欺(二の(一)の(C)の(イ)及び(ハ))の非行を発見したためこれを理由に、同支所長が昭和三十年二月二十八日独断で鎌田に対し解雇する旨通告し、その後に原告会社本店に対して右解雇の禀議を申請し、他方組合は翌三月一日被告委員会に対し、秋田支所長の右解雇を不当労働行為であるとして救済命令の申立をし、この旨原告会社にも告知して来た。原告会社は右秋田支所長の禀申及び組合からの告知により始めて事件を知つたのである。そこで原告会社本店としては、右事件が恰も右鎌田を組合長として秋田支所従業員が労働組合を結成した直後のことであり、秋田支所長豊田の右所為が不当労働行為に非ずやと疑い、事実を精査しないで禀議の結果右解雇を不許可としたのみならず、却つて秋田支所長豊田好松に対し「軽微にして実害なき経歴詐称は訓戒すべく、薄給の従業員の債務不履行を詐欺として直ちに解雇するは不穏当である」という理由で戒告した。そこで同支所長は昭和三十年三月七日右解雇を取消したうえ組合と、「爾後懲戒処分は組合と協議する」旨を約したのである。そして、この事件も和解取下となつたのであるが、参加人鎌田の非行は当時右経歴詐称、取込詐欺の外より重大な前示保険金詐欺(二の(一)の(C)の(ロ))を働いていたものであるから、当時原告会社が慎重に事実を調査し、右保険金詐欺の事実を発見していたならば秋田支所長からの解雇禀申を許可しても不当労働行為とはならなかつた筈である。

以上述べた如く前二回の事件は実質上は、不当労働行為ではないのである。

のみならず、原告会社は未だかつて不当労働行為をしたことはなく、むしろ常に労働組合育成の立場を採り、原告会社本店従業員の労働組合が結成されるや、その申込みに応じて直ちに団体協約を結び更に進んで右協約を上廻る組合に有利な内容の就業規則を制定したうえ、未だ組合を組織していない全国各地の各支所を該規則によつて規律して全従業員の福祉を図り、同時に本店従業員組合との間には原告会社からの提案により、右当初の協約を右就業規則と同一内容の労働協約に改締した程である。従つて原告会社は前記の過去二回に亘る事件についてもいずれも前示の如く秋田支所長豊田に対して警告を発し同支所長を抑え来たのであつて、ごう末も組合圧迫又は組合員差別待遇の事実も意思もなく、本件懲戒においても亦同様であること前に述べたとおりである。

被告委員会の答弁主びに主張

被告委員会訴訟代理人は答弁並びに抗弁として次のとおり述べた。

請求の趣旨に対し、

原告の訴を却下する、又は請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする判決を求める。

請求の原因に対し

本案前の抗弁として、被告委員会の本件命令は原告会社及び原告会社秋田支所長である訴外豊田好松の両名に対しなされたものである。およそ労働組合法第七条、第二十七条のいわゆる「使用者」とは使用者側の命令系統に属して、使用者の労働者に対する支配関係に参加し、又はその支配関係を補助し執行する職責を有するすべての者を包含するものであつて、単に民法上の雇傭契約の雇主に限定すべきでないと解すべきである。ところで右豊田好松は原告会社の営業所である秋田支所長として、同支所を統轄し、直接その従業員を指揮監督する職務権限を有する者であつて、本件懲戒は右同人の直接支配下にある従業員に対しなされたもので、しかも同人自ら本件懲戒を告知したものであるから同人は雇主である原告会社の従業員に対する支配関係に参加、若しくは補助し執行したものというべきである。そこで被告委員会は原告会社及び訴外豊田好松両名を使用者として、本件命令を発したものであるが、このような命令は右両名に不可分的なものであり、従つて、これが取消を訴求するには右両名が共同してのみなし得るもの、すなわちいわゆる固有必要的共同訴訟に属するものというべきである。ところが本件訴訟は原告会社単独で提起したものであるから、訴の利益を欠くものとして却下されるべきものである。

本案に対する答弁として、

一、第一の事実中本件懲戒処分をした日が昭和三十年十月十六日であるとの点、本件救済命令申立及び本件救済命令の相手方としたものは原告会社及び原告会社秋田支所であるとの点を除き、その余の部分はこれを認める。右相手方は前示のように原告会社及び原告会社秋田支所長である訴外豊田好松である。

二、(一) 第二の一の当事者適格の点は右に答弁したとおりである。

(二) 第二の二及び三の点に対しては次に述べる外は別紙命令書写の「第二当委員会の判断」の項に述べたとおりである。

(1)  同所において被告委員会が、過去二回に亘る組合からの不当労働行為救済申立及び原告会社秋田支所長豊田好松が組合に対し従業員の解雇又は懲戒の場合は事前に組合と協議する旨誓約したことに言及した趣旨は、右不当労働行為救済申立事件で問題となつた解雇理由たる事実が存したかどうかは知らないけれども、過去二回に亘り不当労働行為救済申立をされたことは、本件懲戒処分が不当労働行為である一資料となるとしたものであり、又同支所長の右誓約が原告会社の与り知らぬものであつたとしても、原告会社を拘束するとしたのではなく、右誓約が組合員全員懲戒の場合にも適用あることは被告委員会の審査においては当事者間に争いのなかつたところであり、且つ、右誓約にいわゆる「事前協議」は、懲戒処分それ自身でなく、処分の前提として話合うことの意と解すべく、かく解する以上、本件のように全員懲戒の場合に事前協議が期待できないとはいえないのに、右豊田支所長は誠意ある事前協議をしなかつたことは、本件懲戒処分を不当労働行為とする一資料となるとの趣旨である。

(2)  原告が被告委員会の審査の際懲戒事由として主張したのは二の(一)の(A)及び(B)の非行のみであつて、(C)の非行は当時主張しなかつた事実であり、(C)の非行事実の有無は知らない。しかして、本件行政訴訟においてはこのような新な事実は主張し得ないものである。なんとなれは、およそ行政訴訟の対象は行政処分の当否であり、労働委員会の発する救済命令は一般の行政処分と異り当事者において主張し、且つ提出した証拠に基いて労働委員会がいわゆる準司法的手続によつて審査のうえ発するものであるから、この処分の取消を求める訴の判断の基礎は労働委員会の審査の際に、当事者の主張した事実及び当事者の提出した証拠又は取調べを受けた証拠資料に限定されるべきだからである。

(証拠省略)

理由

参加人鎌田秀隆、関谷正蔵、佐藤孝子、訴外榎静子、村野京子、山口孝三の六名が原告会社秋田支所の従業員として労働組合(帝国興信所秋田支所従業員組合)を結成し、鎌田秀隆が組合長、関谷正蔵が副組合長に就任したが、山口孝三は昭和三十年八月三十日原告会社を辞職した結果、組合員は結局その余の前示五名となつたこと原告会社が昭和三十年九月中旬(日時は後記認定のとおり)右五名の組合員に就業規則違反の非行ありとして、全員を懲戒に附し、鎌田秀隆、関谷正蔵を解雇、佐藤孝子、榎静子、村野京子をいずれも月額賃金の十分の一を減給する各処分をしたこと、組合は右処分を不当労働行為であるとして同月十九日被告委員会へ救済の申立をしたこと、被告委員会はこれを同委員会昭和三十年(不)第七号事件として審査の結果、同年十一月一日附をもつて、別紙命令書写のように本件懲戒処分は労働組合法第七条第一号に当る不当労働行為であるとして、「使用者は鎌田秀隆及び関谷正蔵を原職に復帰せしめ解雇の日から原職復帰の日までの間、同人等の受くべかりし賃銀相当額を支給すること、使用者は佐藤孝子、榎静子、村野京子に対する減俸処分を取消した上処分の日以後該処分がなければ同人等が受くべかりし賃銀相当額を支給すること」との救済命令を発し、同命令書の写が同月五日原告会社に交付されたこと以上の事実は当事者間に争いがない。

第一、必要的共同訴訟の抗弁に対する判断

被告委員会は、本件命令は原告会社及び原告会社秋田支所の支所長である豊田好松の両名に対し、なされたものであるから、これが取消しを求める本件訴訟は、原告会社及び豊田好松の両名が共同してのみ、その目的を達し得るものであるから、右両名を共同原告とするいわゆる固有必要的共同訴訟であるというべきをもつて、原告会社単独で提起した本件訴訟は、結局訴の利益を欠き不適法であると主張する。けれども、別紙命令書写及び成立に争いのない乙第一乃至三号証(審問調書)によれば、本件に関する被告委員会の審問調書並びに命令書には、被申立人又は使用者として、いずれも「原告会社及び株式会社帝国興信所秋田支所」と表示し、右豊田好松は右支所の代表者として表示しあること明かである。しかして豊田好松を支所長とする右秋田支所は、原告会社の営業所であつて、原告会社より独立した別個の法人でないことは当事者間に争いのないところである。そうすると右秋田支所は独立の法人格を有しないのであるから、訴訟当事者能力なく従つて、原告会社単独で提起した本件訴訟は適法で何等違法はない。

第二、新事実の主張及び新証拠の提出はなし得ないとの主張に対する判断

被告委員会は、本件訴訟においては、当事者の主張及び証拠の提出は被告委員会審査の際に主張した事実及び提出した証拠に限ると主張する。けれども、私的独占禁止及び公正取引の確保に関する法律第八十条乃至第八十二条のような特別規定のない労働組合法の下においては、一般の行政訴訟におけると同様、新な事実の主張、新な証拠の取調べをなし得ると解するを相当とする。

第三、本件懲戒処分の事由及びその有無並びに経過

(一)  懲戒事由 証人羽室光、豊田好松の各証言、これ等証言により成立を認め得る甲第十二号証の九を綜合すると、本件懲戒処分は、原告主張の非行のうち(A)の既調横流し及び(B)の内職を懲戒事由としたものであつて、原告主張の(C)の各事由は懲戒事由としていないこと明かである。

(二)  懲戒事由の有無

(A)  の既調横流の点 成立に争いのない甲第四号証の一、二、第六号証、証人羽室光、豊田好松の各証言及び同証言により成立を認め得る甲第十四号証(補助参加人等との間では成立に争いがない。)を綜合すると、昭和二十七年七月附原告会社秋田支所作成の多田組に対する既調は原告会社秋田支所長豊田好松の作成したものであるところ、該既調と昭和三十年二月二十五日附東商興秋田支所作成の多田組に対する既調とを対比すると、その文体において異なるも、原告会社秋田支所の右既調の「経歴及現状」欄及び「近況」欄と東商興秋田支所の右既調の「既往」欄及び「近況」欄とは、昭和二十七年度以降の分を除きその余の部分は、その内容及び説示の叙列が殆んど一致し、且つ近況欄中地名「下川沿村」を両既調とも「下川沼村」と誤字を使用していること、このような事実は経験に徴し同一人の調査報告でも容易にあり得ないこと明かであり、これ等事実から見ると東商興秋田支所の右既調は原告会社秋田支所の右既調を基礎にして作成したものであることを推認するに難くない。しかして、右事実と成立に争いのない甲第二、三号証(補助参加人等は不知を以て争つているもの。)、乙第一乃至第三号証の各一部、第四号証、証人保坂信吉、山口孝三、村井好彦、豊田好松の各証言を綜合すると被懲戒者等は原告会社秋田支所長豊田好松の被懲戒者等に対する処遇に痛く不満を持つていたので、元原告会社秋田支所の調査員であり同支所長豊田好松と不仲であつた訴外田淵正二に接近するようになり、同訴外人が昭和二十九年暮頃東商興秋田支所長となつてから昭和三十年夏頃迄の間に鎌田秀隆、関谷正蔵が主体となつて前示被懲戒者全員共謀の上前示甲第四号証の二の多田組に関するものを含め多数の原告会社秋田支所の既調を右東商興秋田支所に横流したことを認めることができる。右認定に反する乙第一乃至第三号証。丙第四乃至第七号証の記載部分及び証人田淵正二、花岡泰順、高橋佐久子、鎌田秀隆、関谷正蔵、佐藤孝子、榎静子、村野京子の各証言部分は当裁判所信用しない。他に右認定を左右するに足る証拠はない。

(B)  の内職の点 前示採用の甲第三号証、乙第二号証の一部、証人山口孝三の証言及び右認定の事実を綜合すると、被懲戒者と原告会社秋田支所長豊田好松、東商興秋田支所長田淵正二との右のような関係から昭和三十年夏頃迄の間に東商興秋田支所のため、被懲戒者鎌田秀隆は大館市方面において、同関谷正蔵は酒田方面等において調査報告をしたことを認めることができ右認定に反する乙第一乃至第三号証、丙第一乃至第六号証の記載部分及び証人田淵正二、高橋佐久子、鎌田秀隆、関谷正蔵の各証言部分は信用しない。

(三)  懲戒処分の経過 前示採用の甲第二、三号証、第四号証の一、二、第六号証、第十二号証の九、証人羽室光、豊田好松の各証言、これ等証言により成立を認め得る甲第五号証、第十号証、補助参加人との間において成立に争いがなく、且つ被告委員会において成立につき争う形跡がないので、被告委員会との関係においても成立につき争いのないものと認められる丙第八、九号証、第十八号証の一、二を綜合すると、次の事実が認められる。

原告会社秋田支所長豊田好松は昭和三十年六月頃、同支所の「既調」が訴外東商興秋田支所へ流れていることを確認し、且つ右は原告会社秋田支所従業員の所為によるものであることを聞知したので、調査を進めたところ、被懲戒者等及び訴外山口孝三等従業員が共謀して、右のような既調横流しをしているのみならず、被懲戒者鎌田秀隆、関谷正蔵両名が東商興秋田支所のため調査代行の内職をしている疑もでてきたので、同年八月頃、一応右の事実を原告会社本社に報告し、且つ本社の命もあつたので調査を進め同月三十日には右従業員全部を集めて右事実をただしたところ、被懲戒者等は否定し又は黙していたけれども、右山口孝三は自認して直ちに辞職を申し出たので、引続き調査し資料を集めて以上の結果を本社に報告し、他方原告会社本社においても、右豊田支所長からの報告により、同支所長に調査の続行を命ずると共に、同支所長からの以上の調査報告を検討した結果、被懲戒者等の既調横流し及び調査代行の内職の非行は疑なしとの結論に達したので、豊田支所長は同月十日附禀申書を以て、右事実を理由に被懲戒者等に対する懲戒を原告会社本社に禀申し、原告会社本社は右禀申を容れて本件懲戒処分を決議し、同月十二日頃その旨右豊田支所長に回訓し、同時に右処分を告知するに先だち、組合と交渉するよう指示し、豊田支所長は右に基き同月十四日から十六日迄の間、組合と交渉したけれども結局全面対立のまま物分れとなり右十六日豊田支所長より被懲戒者等に本件懲戒処分を通告したものであること、右豊田支所長は従業員に対する任免、懲戒等人事権がないのに、昭和二十九年暮頃一部従業員に対し業績不良を理由に辞職を要求し、その他組合をひぼうするような言動をしたため、組合から不当労働行為として救済を申立られ、右は原告会社本店からの注告もあつて、同年十二月九日右豊田支所長は組合間と「爾来豊田支所長は不当労働行為に類する一切の言動をしないこと」等を約した結果取下により解決し、又同支所長は昭和三十年春頃独断で被懲戒者鎌田に対し、取込詐欺、経歴詐称を理由に解雇を言渡したため再度組合から不当労働行為なりとして救済を申立てられ、原告会社は右解雇は事案に対し不妥当として、豊田支所長の右に関する爾後禀申を拒否したため、同支所長は右解雇言渡しを取消し、且つ昭和三十年三月七日組合に対し「爾後従業員を解雇懲戒する場合は事前に組合と協議する旨約し、右申立が取下げられ解決した前例もあるので、原告会社は本件懲戒に当つては特に慎重審議を経てしたものであること以上の事実を肯認することができる。

もつとも本件懲戒処分の告知に先だつ豊田支所長と組合との前示十四日以降の交渉が左したる実のあるものでなかつたことは前示豊田証人の証言によつても窺いうるのであるけれども、同証言により判るように、右交渉において組合側においても懲戒理由に対する反証提出等につき努力した形跡がないのであるから、豊田支所長としては結局前説示の調査の結果に照し、懲戒の内容を提示するはやむを得ないものというべく、その結果交渉紛糾し物分れとなつたとしても、それを独り使用者側の責とするのは当らないといわなければならない。

以上の認定に反する乙第一乃至第三号証の記載部分、証人鎌田秀隆、関谷正蔵、榎静子の証言部分は採用せず、他に右認定をくつがえすに足る証拠はない。

第四、懲戒処分の当否

前示甲第五号証によれば、前認定の概調横流、調査代行の内職は原告会社就業規則第六十五条第十乃至第十二号に当る懲戒事由であることは明かであり、右のような行為は、信用等の調査を営業目的とする原告会社の業績に甚大な影響を与えるものであるから、原告会社が被懲戒者等の右非行に対し、就業規則に照し、本件処分をしたことはやむを得ないところというべく、且つ前説示の処分経過の点からみても、原告会社に労働組合法第七条第一号所定の意図の下に本件処分をしたものとはとうてい認め難い。

第五、結論

以上のとおりであつて、要するに原告会社は被懲戒者等の前示非行を理由としてのみ、本件懲戒処分をしたのであるから、不当労働行為でないというべきを以て、爾余の点につき判断をなす迄もなく被告委員会の発した本件救済命令は違法である。

しかして、本件救済命令の相手方として表示しある「株式会社帝国興信所秋田支所」とあるは原告会社秋田支所であることは前示のように当事者間に争いのないところであるから、原告会社は本件救済命令全部につき取消しを求める利益があるものといわなければならない。

よつて、原告会社の本件救済命令の全部の取消を求める本訴請求は全部正当として、認容することにし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条第九十四条後段を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 小嶋彌作 長井澄 門馬良夫)

(別紙)

命令書

申立人 帝国興信所秋田支所従業員組合

被申立人(使用者) 株式会社 帝国興信所

被申立人(使用者) 株式会社 帝国興信所秋田支所

右当事者間の秋地労委昭和三十年(不)第七号不当労働行為救済申立事件に付当委員会は昭和三十年十一月一日第一九八回公益委員会議に於て会長公益委員高橋隆二、公益委員阿曾村秀一、同中島信一出席合議の上左の通り命令する。

主文

一、使用者は鎌田秀隆及び関谷正蔵を原職に復帰せしめ解雇の日から原職復帰の日までの間同人等の受くべかりし賃金相当額を支給すること。

二、使用者は佐藤孝子、榎静子及び村野京子に対する減俸処分を取消した上処分の日以後該処分がなければ同人等が受くべかりし賃金相当額を支給すること。

三、申立人のその余の申立は之を棄却する。

理由

第一、当事者の主張の概要

一、申立人の主張の要旨

(一) 申立人組合は昭和二十九年十月二十四日被申立人会社の従業員である鎌田秀隆(組合長)関谷正蔵(副組合長)佐藤孝子、榎静子、村野京子、山口孝三の六名によつて結成せられその後山口孝三は退職によつて組合規約上当然組合員たる資格を喪失したので現在は山口を除いた五名が組合員である。

(二) 昭和三十年九月十四日被申立人支所長豊田好松は組合員等に何等懲戒を受くべき事由がないのに拘らず組合長鎌田秀隆及び副組合長関谷正蔵に対しては就業規則第六十五条第十項第十一項第十五項により懲戒解雇を又組合員佐藤孝子、同榎静子及び同村野京子に対しては同規則第六十五条第十項第十五項により月額賃金の十分の一を減俸する旨申渡した。尤も九月十六日被申立人主張の処分通知書の交付を受け且つ内容証明郵便による解雇又は懲戒処分通知を受けた事は認める。被申立人がその主張の(三)項に於て述べる(イ)(ロ)の事実は全然認めない。田淵正二は鎌田等の先輩なので通りすがりに立寄ることはあつたが組合運動について指導を受けたことはなく勿論事業内容については利害が反するので一線を劃して相通じたことはない。

八月三十日支所長から既調を流したことについて問責のあつた際山口孝三が突然椅子から立上り「私がやりました。こんな雰囲気のところには勤らないから辞めます」といつて辞表を出した事は事実である。しかし何を認めたか不明であるが支所長から既調を流したことと調査の代行したことについて自白を強いられていたのであるからそれを認めたのだと思う。

(三) 組合及使用者間には昭和三十年三月七日使用者に於て組合員を解雇又は懲戒に附する場合には組合と協議する旨の協定があるに拘らず右懲戒の申渡に対しては何等の協議もしていない。このことは解雇又は減俸処分を無効ならしめるばかりでなく、懲戒すべき正当理由がないこと従て組合活動を理由に不利益処分をしたものというべきである。被申立人の主張する八月三十日の団交なるものは支所長が所員全員を応接室に集合せしめて支所長から「今回当所の既調が東商秋田支所の田淵君に流れている事実が明白となつた。証拠品、証人等が全部揃つているからこの際男らしく申出て貰いたい」といわれ山口以外の組合員はその事実を否定した。九月十四日は支所長から組合員の集合を命じ「これから話をする、この前の既調の件この通り確証が上つている」といい鎌田は否認したところ支所長は認めなければ認めないでよいとして各員に懲戒処分を言渡し然る後前の協約によつて協議するといつたので組合員等は協約違反であるとし組合員の納得する懲戒の理由を求めたところ何等理由を示さず翌十五日の団交に於て支所長は前日の話は白紙に返してもよいと言つたが懲戒処分を撤回する趣旨とは受取れず超えて十六日には支所長は協議の如何に拘らず懲戒処分する意思に変りはないとして処分の書面を手交しそのあとで折衝した挙句証拠だと称する保坂信吉の口述書(乙第二号証)を提出した。

(四) 之より先組合は組合結成後昭和二十九年十月二十六日秋田県地方労働委員会(以下単に地労委と称す)に法人登記の為証明書交付の申請を行い同日豊田支所長にその旨申出たところ同人は全国何処の支所にも組合が出来て居らないので結成しても馬鹿らしい等と不満の意を表明し翌二十七日組合員佐藤孝子、同山口孝三に解雇を宣言したので同月二十九日組合長鎌田が之に抗議を申入れたところ豊田支所長は組合長とは一緒に仕事をして行けぬといいその間所外に於て盛んに組合をひぼうするため組合は同年十二月九日地労委に対し労働組合法第七条第三号違反として救済申立をした。しかるに同月十九日地労委の審問半ばにして使用者は右解雇を撤回し豊田支所長は将来不当労働行為に類した一切の言動を行わない旨誓いその旨の和解書を取交わして和解したがその後も差別待遇等の不当労働行為が続けられると共にかねてから組合の先頭に立つて闘つて来た鎌田組合長の解雇を目論んでいたのであるが偶々昭和三十年二月二十日元所員田淵正二から豊田支所長に対する鉄道パスの使用方強要による立替金請求訴訟が起り秋田簡易裁判所の法廷に於て鎌田及び関谷の両名が証人として証言したことから裁判長の勧告によつて和解した事実があつてこのこと以来豊田支所長は組合長鎌田を極度に嫌悪し同人が入所に際し経歴を詐称したこと及び取込詐欺の片棒を担いだなど全く事実をねつ造し、而も之より先労働協約締結について団体交渉を行い協約の取り交しを約したその日二月二十八日突如右ねつ造した事実に基いて組合長鎌田に解雇を言渡した。よつて組合は地労委に対し右解雇を不当労働行為として救済申立をしたが豊田支所長は同月七日解雇は自分の誤解から生じたものであるからと之を撤回し将来斯る行為は為さない旨誓約すると共に今後会社に於て従業員を解雇しようとする場合又は懲戒に附そうとする場合は組合と協議することを約した。

元来豊田支所長は従業員を遇するに感情的で且威嚇的であり些細の誤ちに対しても棒大に取上げて叱責し且馘首をほのめかすのであるが自らは鉄道パスを特定人以外の者に使用せしめてその差額の旅費を着服し継続加盟料の受領を記帳しないで着服し或は架空の旅費を計上して着服する等幾多の不正の行為を重ね更に従業員に対しては給与規定及就業規則を秘して所定の賃金を支払わなかつた事もあり右不正事実のうち一部は三月十五日本所の管理部長の面前で鎌田組合長と豊田支所長との対決の際豊田支所長は之を認め又その後の豊田支所長と組合との団交に於て給与規程に基く所定の賃金を支払うことになつた。従業員中豊田龍平は支所長のおいであるが仕事の割当の面に於て或は待遇の面に於て優遇し他の従業員たる組合員とは差別待遇しているのであるが鎌田組合長は組合員に対する待遇について屡々豊田支所長に抗議して来た。

以上の事実関係によれば今回協約を無視して一方的に懲戒処分を言渡したのは前二回の不当首切りに失敗した豊田支所長が日頃の不正不義の事実を組合幹部に握られていることに恐怖を感じ身を守る為と組合設立前に喫した妙味と安心感を忘れられず組合結成前の状態に復帰させようと努力し来つたことが明らかであつて一応和解はしたが会社側支所長は終始一貫して組合をつぶそうとし或は組合員を一掃しようと計画した結果元所員山口孝三及び元東京商業興信所々員保坂信吉を買収することに成功しこれ等から入手したと称する無根の事実に基き今回の不利益処分をいたしたもので右は労働組合法第七条第一号による組合の正当なる行為をしたことの故を以てする解雇又は減俸処分であり又組合の指導者である組合長副組合長を解雇することによつて組合を弱体化し又は組合員を一掃しようとの意図に出た同法第七条第三号違反の不当労働行為である。よつて(1)使用者は昭和三十年九月十四日付組合長鎌田秀隆及び副組合長関谷正蔵に対する懲戒解雇を取消し、受くべかりし賃金を支払うこと(2)使用者は昭和三十年九月十四日付組合員佐藤孝子榎静子及び村野京子に対する懲戒処分(減俸百分の十)を取消し受くべかりし賃金を支払うこと(3)使用者は左記の文言を一米四方の木板に墨書しこれを株式会社帝国興信所秋田支所前に十日間掲げること

陳謝文

昭和三十年九月十四日会社は貴組合の組合長及副組合長に対し懲戒解雇を又他の組合員全部に対し減俸処分を言渡しましたがこれは組合の弱体化乃至一掃のため計画的に企てたものであつて労働組合法第七条第三号に違反する不当労働行為でありますからこれを陳謝し且今後かかる行為を行わないことを言明します。

(掲出年月日)

株式会社帝国興信所

代表取締役 後藤勇夫

株式会社帝国興信所秋田支所

支所長 豊田好松

帝国興信所秋田支所従業員組合

組合員各位殿

二、被申立人の答弁の要旨

(一) 申立人の主張する組合の結成並びに現在の組合員がその主張通りであることは認める。

(二) 被申立人支所長豊田好松が組合員五名に対し懲戒処分としてその主張のような告知をしたことは認めるがその告知の日時は昭和三十年九月十六日であつて主張のように同月十四日ではない。九月十六日支所長は処分の辞令を交付したが後で突返され又は破棄せられるのを惧れて同日の団交終了後内容証明郵便で辞令を郵送した。

被懲戒者五名はさきに昭和二十九年八月末被申立人会社から解雇となつた田淵正二(元帝国石油労働組合地方執行委員長)に指導を受け同人を組合運動の先輩と仰ぎ親交を結んでいたものであるが右田淵は同年十月下旬被申立人会社と競業関係に在る株式会社東京商業興信所に入社し秋田支所を開設しその初代支所長に就任したところ本件被懲戒者五名は田淵を援けその業績を挙げしめ右興信所に重きを為さしめようと企図し右五名は通謀して(イ)昭和二十九年十二月から本年六月頃迄の間に被申立人会社秋田支所に保管した県内の主なる実業家に関する信用調査書のコピー類約百部を各自それぞれ秘かに持出し之を田淵の許に届け東京商業興信所の調査資料として供給し以て従業員の厳守すべき機密保持の責に違反し(ロ)更に鎌田と関谷の両名は被申立人会社の命に基き旅費の支給を受けて調査に赴きながら内職として前示田淵の東京商業興信所の為にも調査の仕事をする等被申立人会社に損害を与えて顧みない背信の所為を重ねたものである。右の事実は本年七月に至り被申立人支所長の耳に入るようになつたので八月三十日申立人組合に団体交渉を申入れ事実の有無を質したところ当時支所の従業員であつた山口孝三が非を謝して肯定したのみで前記五名は互に顔を見合せて黙秘したので交渉を打初り爾後探査の結果その確証を挙げるにいたつたものである。以上の所為は就業規則第六十五条第十号(許可なしに会社の物品を持出したもの)第十一号(業務上の秘密を洩らしたもの)第十二号(業務を利用して内職したもの)に該当し鎌田、関谷の両名は懲戒解雇にその余の女子三名は情状を酌んで夫々懲戒減俸に附したものである。

(三) 使用者に於て組合員を懲戒処分する場合組合と協議することの協約の存することは認めるが該協約に違反した事実はない。即ち八月三十日の団体交渉のことは前に述べた通りであるが九月十四日本件懲戒処分に付被申立人支所長は先ず組合に団体交渉を申入れその協議事項として本件懲戒の件を諮り被申立人側から具体的に被懲戒者五名の非行と情状を説明し申立人組合の意見と対策を徴する等十分な協議を遂げたものである。更に九月十六日申立人組合の応援に来秋した本社従業員組合の執行委員広瀬満を加え組合の要望によつて再開した団体交渉に於て論議を交わしたが結局証拠信憑力問題を中心に協議が徒らに堂々巡りして整わなかつたところ右広瀬は「結局支所長は懲戒する腹であつて飽く迄曲げないのならこの場で辞令を交付して呉れ」と発言し全組合員が之に和したので支所長は始めて辞令を交付したのである。

(四) 申立人が(四)項で主張する組合結成後に於ける二回の不当労働行為の救済申立並びにその結末は申立人主張の通りである。なお田淵正二から支所長豊田に対する訴訟に付秋田簡易裁判所に於て和解したことは認めるが鎌田及び関谷が証言したことによつて和解したのではない。

豊田支所長の不正不義なりとして挙げている事実苛酷な労働条件で圧迫し又は差別待遇をしたという事実は凡そ認めない。鎌田組合長は勤続年数も長くその地位は支所長に次ぐ席にあるので困難な調査又は会員募集には新規加入の募集よりも難しいとされている既契約の会員の会費値上を担当させたからとて差別待遇でない。本年五月頃スポーツセンターで労働教育大会が開かれた際には組合員に特に休暇を与えて出席を促した程であつて組合圧迫の事実等毛頭ない。

以上の次第であつて本件懲戒処分は専ら問題の五名に係る従業員としての非行に基くものであつて何等他に意図がないのであるから断じて不当労働行為でない。仮りに豊田支所長に於て確信した証拠が不確実で認め難いものであつたとしても支所長自身は右証拠を動かすべからざる証拠であるとの信念の下に懲戒処分をなしたものであるから証拠が薄弱である場合不当解雇と認められることがあつても本件五名の組合活動とは無関係なるが故に不当労働行為とならない。よつて本件申立は棄却する旨の命令を求める。

(証拠省略)

第二、当委員会の判断

使用者である被申立人支所長豊田好松が従業員である申立人組合を構成する全組合員五名に対し懲戒処分を申渡したことに付その日時が本年九月十四日であるか又は九月十六日であるかは争があるがその争はしばらくおき組合長鎌田秀隆、副組合長関谷正蔵に対しては解雇に、又その余の組合員佐藤孝子、榎静子、村野京子に対しては減俸処分(給料百分の十)に附したことは争がない。この不利益な取扱が申立人組合の正当な行為をしたことの故を以て為したものとする申立人の主張に対し、被申立人はその処分は懲戒に附すべき正当事由に基くものと主張するので先ずその正当事由とする事実の存否について按ずるに組合員五名が通謀して使用者帝国興信所の報告書の控約百部を東京商業興信所秋田支所の支所長田淵正二に交付し、又鎌田秀隆及関谷正蔵の両名が右田淵支所長の依頼に依り同所のため調査を代行したという就業規則違反となる非行を敢行した旨の主張に吻合する証人保坂信吉、山口孝三、吉川正義、村井芳彦、当事者本人豊田好松の各供述並びに乙第二、三、七号証の記載内容はいずれも信用が出来ない。乙第四号証の一、東京商業興信所秋田支所の調査報告書(昭和三十年二月二十五日付)の記載内容が之より先帝国興信所秋田支所の作成に係る昭和二十七年七月十五日付報告書(乙第四号証の二)の既往及び近況欄に記載ある事項と酷似するものがあつたからとて右乙第四号証の二と同一の控が組合員によつて持出されたものと認める事は出来ない。甲第七号証及び証人田淵正二の供述によれば同人は昭和二十五年九月から同二十九年八月末まで帝国興信所秋田支所に勤務して調査事務に従事し同所を解雇せられて後同年十一月頃自ら東京商業興信所秋田支所を開設するにあたり帝国興信所在職中に取扱つた調査の原稿を自己のため利用したことが認められるので田淵としては乙第四号証の一の作成にあたり過去の調査を利用する機会もあり得るのであるから乙第四号証の一が同号証の二と同一に作成されたと認むべき之と同一内容の控そのものを引写されたものと断定することは出来ない。報告書中下川沼村とあるのが下川沿村の誤植になつていること、両報告書共符節を合するものがあつたからとてそれだけで引写しによるものであることを認める事は難しい。その他に右被申立人の主張を認むべき証拠はない、従つて被申立人の懲戒処分行為は不当な行為であるといわなければならない。

而して組合員に対する不利益な取扱が正当事由に基くものであることを認め難いことを以て一般にはその処分を不当労働行為であると即断することは出来ないが組合員たること若しくは正当な組合活動をしたことの故を以てした処分であることを推認せしめる一資料たる場合の存することは否定出来ない。本件に於て申立人組合の結成されたのが昭和二十九年十月二十四日であること、組合員山口孝三同佐藤孝子が支所長から解雇を宣告せられたことについて抗議を申入れた組合長鎌田に対し支所長に於て共に仕事が出来ないといつたことや所外に於て組合をひぼうしたことなどを理由に同年十二月八日組合から当委員会に対し不当労働行為として救済申立をしたが同月十九日和解しその和解に於て使用者は今後不当労働行為に類した言動を行わない旨誓約したこと、その後組合長鎌田秀隆が取込詐欺をしたこと及び入所に際し履歴詐称をしたことを理由に解雇を通告されたことが不当労働行為であるとし昭和三十年三月一日当委員会に対し救済申立をしたが同月七日豊田支所長は右組合長の解雇を撤回し今後解雇又は懲戒に附する場合は組合と協議する旨誓約して和解したことは当事者間争がないので之によつて見れば組合成立後豊田支所長の組合に対する理解若しくは組合を所遇するに遺憾の点があつたことは否めず殊に前示第二回目の救済申立が今後不当労働行為に類する言動を行わない旨誓約した第一回の救済申立事件の和解があつた時から僅かに三月余を経た時に提起せられたことは組合に対する対抗意識が相当根強いものであつたことを推測することが出来る。

加之鎌田秀隆及豊田好松の各本人尋問の結果によつて豊田支所長が書面を以て懲戒処分を通告した九月十六日までの経過を見るに同人は八月三十日従業員に対し帝国興信所秋田支所の既調が東京商業興信所秋田支所に流れていること及び東京商業興信所秋田支所のため調査を代行した事を挙げて各自の自白を求めたところ山口孝三を除く組合員五名が肯んじないので九月十四日右五名に懲戒処分として解雇及減俸に処する意思を明にしたが翌十五日には前日の話合を白紙に返してもいいといい終に十六日にいたり事実についての証拠の明示方について意見があわないまま懲戒処分の通告書を交付したこと、以上の交渉には終始具体的な懲戒理由が明示されなかつた事が明であつて更に豊田好松本人の供述によつて認められるところの豊田支所長が八月十六日保坂の口述書(乙第二号証)を入手してから本社に懲戒処分方禀申し九月十二日には処分につき本社の内諾があつたという事実を参酎すれば豊田支所長はその為の団交と称する九月十四日の会合前既に懲戒処分の敢行を決意した如くその為かその後の図交に於ける豊田支所長の態度は余りに一方的で協約によつて定めた懲戒処分の通告前に必要とされる協議としては到底誠意を以て為したものとは認めることは出来ない。この点について豊田本人の供述中処分通告書の交付前保坂口述書(乙第二号証)の内容を示したという部分は信用しない。以上に述べたように組合結成後今回の申立まで一年にも満たない間過去二回にわたつて組合から不当労働行為の救済申立が為されたこと、懲戒処分の通告にあたつて誠意ある協議が為されなかつたこと更に本件の懲戒処分が組合員全員に対して為されたことの争ない事実を綜合し之に処分の正当事由が認められないことを参酎すれば本件の懲戒処分は被懲戒者がいずれも組合員たるの故を以て之に不利益な処分を為したものと推認せざるを得ない。被申立人は支所長豊田に於てその入手した証拠を動かすべからざる証拠であるとの信念を以て処分したものであるから不当処分と認められても不当労働行為とは無関係であると主張するが仮りにそのような信念があつたとしても以上の認定の下に於ては組合員たるの故を以てしたという意思の存在まで否定することは出来ない。のみならず支所長豊田好松は協約に定めた処分前必要とされる団交に先だち既に保坂信吉なる者の一片の口述書を懲戒処分禀申の証拠として本社に提出しその内諾を得たというにいたつては苟くも解雇という重大な処分を為すに支所長として軽卒に過ぎた憾なしとしない。されば不当解雇でないとの信念そのものにも疑を容れる余地が存する。

以上説明したところにより使用者の為した本件懲戒処分は労働組合法第七条第一号に該当するを以てこの点に関する申立人の主張を認容する。

次に申立人は右不利益処分は組合の弱体化乃至一掃のため計画的に為されたものであるから労働組合法第七条第三号にも該当すると主張するが組合の弱体化をはかり又は組合の一掃を計画的に為したと認める証拠は薄弱である。組合長及び副組合長の解雇は組合の弱体化を来す結果となることは否定出来ないが之については同条第一号違反に該当するものとして前に判断を与えたところでありこのことを捉えて同条第三号を適用する余地は認められない。その余の組合員三名に対する減俸処分について又然り。故にこの点に関する申立人の主張は採用し難い。

よつて労働組合法第二十七条中央労働委員会規則第四十三条に則り主文のとおり命令する。

昭和三十年十一月一日

秋田県地方労働委員会 会長 高橋隆二

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